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●ローファンタジー●

魔術師よ、私の心に雨を降らせて
【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回】 【第8回】 【第9回】 【第10回】 【第11回・最終話】
【あとがきと人物紹介】

●ライトファンタジー●
赤い果実と月夜のオアシス
【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回・最終話】 【あとがきと人物紹介】


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魔術師よ、私の心に雨を降らせて【第1回】

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(第一章)孤独の魔術師 ヴァイオレット

【1】 - Viola -

 ローブで顔を隠しつつ、いつものように林を歩く。時々足を止めては、薬草やらキノコやらを摘んだ。そして次々に、カゴの中に放り込んでいく。

 今日はひと際、蟲たちが騒いでいるな。僕は耳を傾けてみる。

 ガシャガシャという声がした。「何か甘いモノが落ちている」――彼らの会話からはそう聞き取れた。彼らの示す方向に歩いてみると、なるほど、木の幹から蜜が出ている。

 これはいいものが手に入ったな。今日はごちそうだ。そう思って近寄ってみたら……。

「!」

 木の幹の向こう側に、大変なものが落ちているのを発見した。それは、女の人だ。蟲たちが食いついてないことから、行き倒れだってことがわかった。

「……」

 あの人に似ている。600年くらい前に死んだ、あの人に。

「たまにこんなことがあるから……人生は面白い。ねえピピ?」

 肩に乗せてるのはピピ、僕のペットの毒蟲だ。あまりの孤独に耐えかねて、異世界から召喚したやつ。周りで飛んでる奴らは、ここに住むようになってから召喚したのを、繁殖させたもの。

 僕は魔術師ヴァイオレット。僕には生まれながらにして、妙な特技があってね。蟲を呼び寄せたり雨を降らせたり、人差し指の先から電撃を発してみたり。それらの能力が、僕を守ったり守らなかったりしたわけだ。

 雨を降らせて人々を助けて、マスコミに取り上げられたりもしたなあ。でもこの能力のせいで、あの人と結婚できなかった。彼女を自殺に追い込んでしまった。

 僕の体は、なぜだか成長を止めた。100年経っても200年経っても、老いなかった。死ねなかった。僕は「火の運び手」とかいう怪しい団体に誘拐されて、研究所とやらに閉じ込められてしまった。

 その研究所が、いまや廃墟。戦争が起こって、焼け野が原になったからだ。僕はとっとと逃げ出した。でも僕は、入ってはいけないエリアに足を踏み入れちゃったんだな。それがここ。

 林を抜けたら、外は自由な世界だ。けど、出られない。バリアみたいなものが、張られてるみたいで。しかもそのバリアを越せないのは、僕一人だという皮肉設定つき。これは昔、行き倒れてた人と試してみてわかったこと。

 一体どうやったら出られるのか、必死こいて考え中だ。ま、考え始めて300年ってとこだけど。

 僕はいつも寂しかった。こんな辺鄙な場所では、人との出会いは本当に貴重で。だから出会えた人を、簡単に帰したりすることはなかった。男の人とは夜通し話をしたし、女の人だったら、男女の特別な関係を築いた。

 この女性だって例外じゃない。必ず、ものにする。数少ない出会いの機会だっていうのもあるし、それに何より、僕の大切な人とそっくりだ。こんな奇跡は又と無い。僕は弱っている女性を、小屋の中に運び入れることにした。

「ただいま」

 ドアを開けると、4枚の絵画が僕を出迎える。今までこの小屋で付き合ってきた女性の絵だ。当然だけど、全部僕が描いた。でも新しい彼女ができるから、この宝物たちは隠しておかなきゃいけない。後でカーテンを付けることにしよう。とりあえずは応急処置をしなきゃ。

「よっと」

 額縁を支えてる釘に、脱いだ黒ローブをかぶせて絵画を隠した。そして女性をベッドに横たえて、黒い鉄の大釜のところに向かった。

 釜に薬草とミルクを入れて、毒蟲の卵、取れたばかりのメープルシロップなんかをブチ込む。そしてオイルライターで火を起こし、しばらくそれらを煮立てた。沸騰してきたら、釜を木のお玉でかき混ぜる。

「イーヒッヒッヒ。練れば練るほど色が変わって……」

 魔女ならぬ魔男を演出してみた。600年くらい前に流行ったセリフでだ。そう、僕は暇人なんだ。暇を持て余して300年ってとこだけど。

「さて」

 大釜から一杯掬って木のお椀に注ぐ。そして木のスプーンを差し込んで、目を覚ました女性に差し出した。

「スープだよ。飲める?」

 女性は恐る恐る受け取って、口に含む。「おいしい」と言って、彼女は微笑んだ。かわいかった――。

 僕は自分のことを知ってほしくて、彼女にいろんな術を見せた。
 即興で雨雲を呼び寄せて、雨を降らせてみたり。雨を利用して、電撃ビームを木に食らわせてみたり。彼女はとても驚いて、目を丸くした。

 そして僕は、彼女に絵のモデルになってくれるようお願いする。出会ったばかりの新鮮な姿を、残しておきたかったからだ。趣味だとかテキトーに言いくるめたら、モデルになることを承諾してくれた。優しい人だ。

 絵を描きながら、僕たちはたくさん話をした。地域のこと、そしてお互いのことを。

 彼女の名は、伊集院・T・水希といった。話によると、ここは「エセエフティ」という村の外れらしい。彼女はこの村の長を務めているんだと。

 水希さまと呼ぶのが礼儀かな。20歳行くか行かないかくらいにしか見えないんだけど、立派なもんだ。なんでそんな人が、こんな場所で倒れていたのか。

 彼女は村を受け継いだばかりで、村全体を把握する必要があったのらしい。それでここまで調査しに来たんだが、僕が繁殖させた異界の蟲にやられて、倒れてしまったようだった。

 今にも崩れ落ちそうなこの小屋に、鍋の香りが充満している。

 スパイシーだけど甘くて、鼻に残るけど不快じゃない。例えるなら、寂れた雑貨屋みたいな香り。そして、魔法のようなゾクゾクする香り。朝霧のようなうつろう香り。これらの香りは、とある成分の香りだ。

 毒蟲の卵。これがいい具合に煮立つと、こんな香りを発生させるんだ。この卵は、釜の熱くらいじゃ死なない。むしろ羽化が早まるくらいだ。

 そんな素敵な卵入りのスープ。水希さまが飲んだのはこれだ。卵が体内に定着したら、その人間の欲望を糧に羽化をする。毒蟲を体内に宿すと、人間は大変なことになるんだよ。

 欲望をどんどん吸い上げられるんだけど、体がその蟲に抵抗するんだ。吸い上げられる以上の欲望を爆発させて、激しく乱れる。それが、たまらない。現実の快楽が欲望に勝れば、蟲は一匹一匹死んでいく。

 水希さまのスープに入った卵は、たぶん20匹くらい。20匹も入れていれば、そのうち僕への情も湧くだろう。それでダメでも、僕の体液には毒がある。それを体内に含めば、きっと僕のことを好きになってくれる。いや、そうじゃなきゃ困るんだ。

 早く卵が定着しないかな。早くその体内で、蟲を羽化させてあげたい。乱れさせてあげたい。

「よし、描けたよ」

 可憐な雰囲気の肖像画だ。水彩絵の具がよく合っている。我ながら、よく雰囲気がつかめていると思った。

「まあ、よく似ているわ。ヴィオラは絵がお上手なのね。まるで魂がこもってるみたい」

 ヴィオラ。水希さまは僕を、愛称で呼んでくれる。こんなやりとり、本当に久しぶりだ。しかも女の人で、容姿も言うことなし。人間、生きていればいいこともあるもんだ。

「僕は美術部だったからね。絵は得意だよ」
「ビジュツブ? ビジュツブとは何?」

「え。あ、ああ。それは、遥か昔の学問所における、創作専攻者の集まりのことだよ」

 要領を得ない表情で、水希さまは微笑する。そんな表情もかわいいな。

 ああ、我慢できなくなってきた。ちょっとだけ。ちょっとだけつまみ食いしてしまおう。
 僕は水希さまの唇を奪ってみた。

「?!」

 そして舌なんか絡めてみる。

「……ぁ」

 不思議なくらい嫌がらなかったから、ちょっと調子に乗ってしまいそうになった。けど、とりあえずは止めておく。このまま傾れ込むのもアリかなと思ったけど、それはやっぱりダメなんだ。これから先も、ずっと付き合っていきたいからね。

 くちづけを解くと、水希さまは体をふらつかせた。それを支えてやると、水希さまは一息ついて言う。

「環(たまき)以外の人も、こういうことするのね。こういうことって、環くらい親しい人としか、しないものだと思ってたわ」

「え? 環? 環って、誰?」

「私の古くからの教育係であり、世話係であり、良き友人であり、父親のようなものでもある人。……とにかく大切な人です」

 がっかりした。水希さまに、そんな人がいたなんて。ほんと、がっかり。あああ。

「ま、まあ水希さま。とりあえずは落ち着いて」

 落ち着くのは自分のほうなんだけど、そんなことは気にしない。僕は食器棚から、カップを2客取り出してきた。そしてガタガタ震える手で、ポットのタンポポコーヒーを注ぎ込み差し出す。

「タンポポコーヒーでも飲んで。ね」
「まあ! 素敵な香りのコーヒーね。ありがとう」

 僕は自分の分を注いで、コーヒーを飲んだ。そして動揺を治める。
 さて。

「その環って人には、色々許してるんだ……? キス以外も?」

「当たり前でしょう。だって環は、私の教育係であり世話係なのですよ? 私の体が火照っているときは、彼が口や指を使って、体を鎮めてくれるのです」

 な、なんつー教育を施されてるんだ。

「……そ、それは、口と指だけ?」
「そうですけれど、それが何か?」
「いや、別に何も」

 それを聞いて、少しほっとした。

 それにしても。この人が純粋培養なのを利用して、なんという役得。環どの……なかなか手ごわいな。まあどうせ僕は、正攻法でなんか女性を落としにかからないけど。

 こんな腹の中が真っ黒な僕に、水希さまが可憐な瞳で尋ねてくる。

「口と指以外に、何か方法があるのですか?」

 思わずタンポポコーヒーを吹いてしまった。

「ま……まあ。コーヒーのおかわりはどう?」
「いただくわ。これも案外おいしい」

 口と指以外の方法、か。教えてもいいんだけどなあ。でも、もうちょっとだ。いいムードで自然な感じにしておいて、いかにも水希さまが、僕に恋したみたいに見せかけなきゃ。

 外はまだ、少しだけ雨が降っている。雷でも落として地震を起こすか? んで、守るフリして彼女に覆いかぶさってみたり。

 ん〜却下。それが自然にできる自信が無い。だったら他に何がある? どうしたら水希さまが、僕を男として意識するんだ?

 あ。なんか色々考えてるうちに、雨が上がってしまってる……。不自然だとか思わず、とっとと実行してればよかったよ。あーあ。

「雨、あがりましたね」

 水希さまはコップを置いて、窓のほうに歩く。雨が上がり、外には虹が出ていた。そしてうっとりした声で呟く。

「こんな風景、見たことが無い。美しいですね……」

 水希さまがこっちに振り向いた。逆光の中の彼女は、風に揺れるコスモスみたいに儚く見える。

 かわいいなあ。蟲のドーピング無しで、彼女を落とせたらいいのにな。

 あれ?

「水希さま、どうしたの?」

 水希さまはなぜか、棒立ちになっていた。しかも彼女の頬が、紅潮してもいる。彼女は自身の頬を手で挟むように触れながら、僕を見ていた。

「あれ。私……変?」

 なんだって? 僕はまだ、何もしてないぞ? でも、勝手に準備が整ったみたいだ。なんでかわからないが。

 一体何が、引き金になったんだ? まさかさっきのキスだけで……? 僕は、どうしたらいい?

 いや、もう迷うな。彼女を手に入れる、それだけ考えていればいいんだ。これは数少ないチャンス。失敗なんて、考えただけで気が狂う。僕はもう、孤独になんかなりたくない。


                                ●続く●

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