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☆目次☆
●ローファンタジー●

魔術師よ、私の心に雨を降らせて
【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回】 【第8回】 【第9回】 【第10回】 【第11回・最終話】
【あとがきと人物紹介】

●ライトファンタジー●
赤い果実と月夜のオアシス
【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回・最終話】 【あとがきと人物紹介】


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魔術師よ、私の心に雨を降らせて【第11回・最終話】

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【4】-Viola-

 まだ本調子じゃないけど、とりあえずは動こうと思った。点滴を引き連れて、僕は廊下を歩いていく。水希の無事を確認するまでは、落ち着きたくとも落ち着けなかった。

「なんとか一命は取りとめております。意識もありますのでご安心を」

 ドア越しに、環(たまき)どのの声が聞こえてくる。僕のことを話してる、のかな。水希の部屋って不必要に広いから、声がだいぶ遠く感じるな。

「ですからお嬢様、彼のことは私にお任せください」
「行くわ。会って話さなければならないことがあるの」

 ちょっと声が小さいけど、間違いなく水希の声だ。よかった。彼女はちゃんと、生きてる。本当に良かった――。

「お願いですから、ご安静に。お嬢様のことが心配なのです。どうか……」

 うん。僕もここは、環どのに賛成だな。しっかり休んで、元気になって貰わなきゃ困る。

「行かせて、お願いよ」

「なぜそのように、必死になっておられるのです。あなたは今、立ち上がれもしない状態なのですよ」

 あら、穏やかじゃない? どうした環どの。二人に何があったんだ。

「私が傍でお世話をする。それではいけないのですか? 『環がいればそれでいい』とは、もうおっしゃっていただけないのですか?」

 うわ。もしかしてこれ、プチ修羅場? ここは一旦引き返して……。いや、でも内容が気になるな。ちょっとだ。ちょっとだけ盗み聞きしてしまおう。でも水希は、何も言葉を返さない。なんか、こっちまで緊張するんだけど。

「ご自分の感情に、やっとお気づきになったんですね?」

 環どのが沈黙を破った。水希は小さな声を更に小さくして、弱気に言う。その内容は、たぶんこうだ。

 このままでは落ち着かない。ヴィオラのことで……頭がいっぱいなの――。

 こ、これ、どんな顔して言ってるのかな。気になる。すっごい気になる。ドアを開けてしまいたいな。もしかしてこれ、脈あり? いやいや、ただ僕の体を、心配してくれてるだけかもしれないし。にしても、声が小さい! もっとちゃんと、聞こえるように言ってくれ〜。

「蟲なんて、毒なんて、関係なかった。そんなスパイス、必要なかった。私は最初から、ヴィオラに惹かれていたの。どうしても今、伝えたいの」

 き、きた! 今度はちゃんと聞こえた。
 僕の目から水が……。でもまだ水分が欠乏してるから、気持ち潤む程度で済んだな。

「仕方ありません。私が伝えてきますよ。ヴァイオレットにお言いになりたいことは、だいたいわかりますから」

「待って! 私が、自分で……。だって、伝えたいことが違っているかもしれないし」

「違いません。私はずっと、お嬢様のことを見続けてまいりました。そしてあなたのお悩みを、聞き続けてまいりました。私は、お嬢様以上にお嬢様のお気持ちを知っている。そう自負しております」

 言葉がそこで途切れた。直後に足音がして、ドアの近くで音が止まる。環どのは、ドア付近まで歩いて立ち止まったらしい。

「お嬢様の忠実なる部下は、嫉妬を腹に抱えながら、ヴァイオレットのもとへと向かいます」

 その声は、至近距離からのものだった。ドア一枚隔てた場所で、水希に向かって言っているんだ。

「た、環……」

 案の定、水希の声は離れていた。

「ご安心ください。ヴァイオレットには変なことは言いません。私は彼のことを、懇意にしておりますので。ただそれ以上にお嬢様……いえ、水希様のことが大切であった。それだけのことです」

 あ、この流れはヤバイ。早くここから逃げないと。ああでも、点滴が邪魔して……。

 器具を動かすのに手間取っていたら、カチャリとドアノブを回す音がした。

「……!」

 ああああ。ほら、鉢合わせしてしまったじゃないか。う〜ん、これはとっても気まずい。どうしたものか。環どのは冷や汗をかきながら、無言で左を指差した。

「環?」

 水希の不安そうな声がする。
 
「何でもありません。すぐに戻ってまいります」

 幸運なことに、こっちの様子には気づいてないようだった。

 とりあえず、指を差された方向に行くしかないな。僕は点滴をカラカラ動かして、ヘーコラ歩いていく。環どのは冷静を装いつつ、僕をせっついた。階段の真上の広場みたいなとこまで行くと、環どのは足を止める。そしてため息をついた。

「そんな状態で出歩くなんて。どこまでも阿呆ですね、あなたは」
「お見舞いだよ。水希さまは元気かなって」

「先ほど、盗み聞きされた通りですよ。安静にしてろと追い返したいところですが、まあ丁度いい。今から水希お嬢様に、会っておあげなさい」

「会ってもいいの?」
「少しの間ならば、構いません」

「そっか。あのさ、環どのって席を外してくれたりする?」

 少し考えるような仕草をして、環どのは答える。

「まあ、仕方ありませんね。ですが少しの間ですよ」
「少し、かぁ。ふふっ。じゃあ、水希さまに下手なことはできないんだね。ザンネン」

 僕のミヤビで愚かしい言動に、環どのは怒ったような焦ったような顔をした。

「な、何を調子付いているんだ! 話はどこまで、聞こえていたのです!」
「言ってもいいのかい?」
「え、ええ」

「僕のことで頭がいっぱいだとか。 最初から僕に惹かれていたとか」
「……」

 なんか色々と、感情を抑えてるっぽいな。でも、反応を待つ他は無い。

「……その言葉を、直接お嬢様から聞いてください。さあ、何をしている。さっさと行くんだ」

 僕はひょいと、点滴の針を外してみる。そして服で血を拭き取って、チクリと環どのの腕に突き刺した。

「っつ。な、何をする!」

 しょうがないだろ。だって、あなたが泣きそうに見えたんだから。

「点滴の針を刺しているのさ」

「そんなことは、見ればわかります! 馬鹿野郎ですか君は。何が悪いか、教えて差し上げますよ。まず、汚い。感染を起こしたらどうしてくれるんです! 針は一回ごとに使い捨てにしているんですよ! あと……」

「だって環どのさ、助けに来てくれなかったじゃないか。僕は怒っているんだよ。守るべき水希さまが来てくれたって、本末転倒だろうに」

 ま、ほんとは何も、怒ってないけどね。話題の転換を図っただけだ。環どのは、いつもの冷静な顔に戻っていった。

「それは……仕方が無かったのです。水希お嬢様に、蟲どもが加勢したのですから」
「蟲が?」

「ええ。蟲どもも、君のことを救いたかったのでしょう。私よりもお嬢様を、生贄に適する存在だと判断したのです」

 それはきっと、正しい。初めて会ったときから感じていたけど、僕と水希はどこかが似ている。僕の分身だと言っていいくらい、どこかがガッチガチに一致していた。それはずっと、感じていたことだ。

 環どのは、淡々と話を続ける。

「やつらは言いましたよ。お嬢様は君と、最高に相性がいい。なぜなら、元が一つだから。お嬢様は、たまたま水の力を宿さなかっただけだと」

 僕と元が一つ……。水希は、水の力を宿す可能性があったのか? これはもしや、想像以上ってやつ? 何となく察しはついていたけど、どストレートで禁断の世界?

 いや、考えないでおこう。数百年過ぎればただの男女。僕は何も知らなかったんだ。だから別に、鬼畜じゃない。血なんて薄まりまくってるさ。よし、これで解決だ。ふう。

「とまあ何だかよくわからない理屈で、蟲どもは私の行動を阻害したわけです。そしてお嬢様を、君の生命の足しにするべく焚きつけたと」

「なるほどね。それじゃあ、手も足も出ないな」

 何気なく行ったその言葉に、環どのは目を伏せた。拳まで作って、ぐっと握ってる。

「そう。私は何も、できませんでした。水希お嬢様を守ることも、君との約束を守ることも」

「あなたは精一杯やったさ。それは僕にもわかるし、当然水希さまにも伝わってる。些細なことだ。もう気にしなくていいんだよ」

 返事は無かった。まあ責任感が強そうなタイプだからな。気にするなって言っても無駄なんだろうけど。でもこの人は、頑張っている。それはちゃんと、評価されるべきだと思うんだ。

「さっきはよく、涙を堪えたね。水希さまに会いに行けと言ったあなたは、不安定だったよ。でもちゃんと、世話係としての職務を全うした」

「……私が、泣きそうに見えたと?」

 なんか環どのが、ちょっとだけヘタレて見えるな。かなり参ってるらしい。僕は彼に、微笑んでみせた。

「環どの。あなたのこと、僕は嫌いじゃないぞ。もちろん、変な意味はこもっていない。言葉をそのまま受け取ってくれ」

「……ヴァイオレット。君はやはり、ただの間抜けではなかったか」
「いや、間抜けは間抜けさ。はは」

 さてと。今から水希のとこに行くかな。しかしこの点滴、邪魔だなあ。もうここに置いて行こう。どうせもう必要ないし。

「じゃあこれ、ヨロシク」

 点滴を押し付けて、僕はノタノタ歩いていった。環どのが呆れた顔をしたけど、そんなことは気にしなかった。

 水希の部屋のドアを叩くと、小さく「入って」と声がする。僕が部屋に入ったら、振り向いた水希が表情を崩した。

「ヴィオラ! 無事で……!」
「うん。水希さまも、無事で何より」

 そこで笑顔が返ってくるはずだった。でも水希は、逆の反応を示す。

「水希さま……ですか。呼び捨てでは、もう呼んでくれないのですね」

 落ち込んでる。そうか、他人行儀だったか。でも敬称抜きってのは、仲直りとかの問題以前に馴れ馴れしいし。まあそうしていいなら、最初からそうしたかったんだけどさ。

「あれは、死ぬ前のわがままと言うか。失礼だったよね。ごめん」
「いいの。あの時のように呼んでほしいから、言ってみたの」

「えっと。じゃあ水希……」

 話題が、思いつかない。そういえば、ここに来て何を話そうとか、一切考えてなかったな。仲直りしたってわけでもないし、一体どうしたものやら。まごつく僕の代わりに、水希が言葉を紡いでくれる。

「ヴィオラ。私はずっと、あなたに劣っていると思っていました。村人の望むことをしてやれるのは、私ではなくあなただったから」
「……」

「でも、あなたも精一杯だったのですね。精一杯人を愛したから、皆はあなたのことを好きになった」

 ああ、水希は覚えてくれていたんだ。「隣の芝は青い」症候群の話。

「う〜ん。そう、なのかな」
「そうよ。だから私は決めたの。これ以上、あなたを羨ましく思ったりしないって。私も精一杯、人と接してみるわ」

 ちゃんと受け止めて、考えてくれていたんだな。素直で純粋で、僕なんかにはもったいないコだ。

「それが賢明だね」

 微笑む水希を見ていたら、僕も自然と笑っていた。そして水希は、上目遣いになる。

「だからね、お願いがあるの。私の精一杯が届いたら、ヴィオラもそれに応えて? あなたに振り向いて貰えるまで、頑張るから」

 ん? これは、愛の告白と受け取っていいんだろうか。要領を得ていない僕に、水希は決心したように言う。

「私はあなたのことが、好き、なの。もう、過去の人を妬んだりもしない。ヴィオラは私を、命がけで助けようとしてくれた。私には、それだけで充分だから」
「……」

 本当に水希は、いいコだな。
 紗希。600年前の、僕のフィアンセよ。僕らの末裔の女のコは、こんなにも優しくて賢い。

 水希は返事をしない僕を、顔を赤らめて不安そうに見上げている。
 さて、どうしようか。このまま禁断の世界に飛び込むか? 僕の倫理観は、ものすごい勢いで揺れ動いているぞ。

 ……なんてね。答えはGOに決まってる。水希がいなくなったら、僕はどうにもならないんだ。倫理なんて知ったことではない。

 僕は水希の唇を、優しく奪った。そして彼女の白い首筋に、唇を這わせていく。水希は切ない声を漏らした。

 あと、80年程度か。僕はこのコの寿命まで、精一杯生きてみよう。
 もう孤独ではないんだ。水希がいるし、過去を受け継ぐことだってできるんだから。

 あの絵画はもう、必要ないな。僕はすでに、絵画の色彩を忘れてしまっている。あんなに大切だった宝物たちは、みるみるうちに価値を失っていった。

 ――さよなら、絵画の中の女の子たち。水希がいない寂しい世界が訪れたら、またどこかで出会えるといいね。


                               ●終わり●

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