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●ローファンタジー●

魔術師よ、私の心に雨を降らせて
【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回】 【第8回】 【第9回】 【第10回】 【第11回・最終話】
【あとがきと人物紹介】

●ライトファンタジー●
赤い果実と月夜のオアシス
【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回・最終話】 【あとがきと人物紹介】


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赤い果実と月夜のオアシス【第7回・最終話】

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【7】

 あの出来事から、どれくらい日付が変わっただろう。僕はその日の夜、脳に違和感を覚えた。そして考える。僕は一体、なぜこのオアシスにいるんだろうと。

 旅をしてたんだろうけど、動機も目的もわからない。異世界百科にあった、「アルツハイマー」ってやつだろうか。ジジイじゃあるまいし、そんなのは嫌だ。

 シアは湖に行くと言ってたな。僕も行ってみることにしよう。彼女といれば、胸の不安は治まる気がしたんだ。

 ――たどり着いた先には、シアだけじゃなく、レラもいた。月明かりに照らされた美女二人は、ミステリアスに艶めいていた。

「あなたはスープを飲みすぎてしまったのよ」

 それがレラの返答だった。

「何のことだ? 訳がわからない」

 僕の混乱に、シアが申し訳無さそうな顔をする。

「オアシスの赤い果実を食べると、思い出が夢となって現れるんです。そうすると、湖のほとりに夢の花が咲きます。私たちはその花を煮込んで、スープを作ったんです。胃で夢のスープを消化してしまったら、もう思い出は戻りません。そして魂をも失っていきます。思い出をなくした体に、魂は居場所を感じなくなりますから」

 シアの言葉を、レラが継ぎ足す。

「スープを一定以上飲むと、魂がぐらついて体の動きが鈍くなる。そしてついには、動けなくなるの。その状態でオアシスに沈めたら、あなたの魂を抜き取ることができるってわけ」

「こんな仕打ち、酷いじゃないか! 罪人への刑だって言うから、安心してたのに」

 言いながら、体がどんどん痺れていくのがわかった。そんな僕の顎をつかんで、レラは冷たい目をする。

「雨守レイン。あなたは私にとって、充分に罪人なの。要するに、あなたが気に入らないってことよ」

 そこで僕は、ついに動けなくなった。無様な表情の銅像と化している。

「こいつを今すぐ、オアシスに沈めましょう」

 レラがさらりと言うと、シアはぶんぶんと首を横に振った。

「そんなの、いや……っ」

「いいかげんに理解しなさい。シアと雨守は違うの。あなたはただの泥人形なのよ。人間の魂を刈り取るための、道具にすぎないの。仕事をしてくれないんだったら、中の魂を返してくれない? 『その娘』の魂は、私の大のお気に入りだったのよ」

 シアは下を向いて、悲しそうな顔をした。それは僕を思いやってのことなのか、姉からの言葉に傷ついたからなのか。

「ごめんね雨守さま。これがわたしの仕事だから」

 たぶん、どっちもなんだろうな。シアの目が虚ろだ。口だけ笑って見せている。彼女は確かに僕を好きだったし、姉のことも慕っていた――。

「魂を抜くのが仕事。お姉さまは、人間の魂を食べるのが好きだから。お姉さまがいないと、私は生きられないから」

 シアはそう言うと、動けない僕を突き落としにかかる。

「シア! シアっ」

 パニックに陥った僕の言葉に、シアはビクリと手を引っ込めた。

「や、やっぱり私!」

 シアは後退りする。そして咄嗟に、レラの懐に飛び込んだ。

「シア?! あなた一体……?!」

 意図がわからない妹の行動に、レラは声を荒げることしかできない。その意図がわかったときには、レラは腹から血を流していた。

「ごめんなさいお姉さま」

 シアの手には、湾曲した刃物が握られている。僕が村から持ち込んだ、三日月刃だ。レラの腰に掛かってたやつ。でもレラは、死んだわけではない。このままじゃ、シアだって無傷じゃいられなくなるだろう。

 シアは僕を守ってくれたんだ。その思いに、僕は答えなきゃいけない。僕の体は、不思議と動いてくれた。シアから三日月刃を受け取ると、渾身の力を振り絞って振り回す。レラの首を掻き切るのには、そう時間はかからなかった。シアが不意を突いてくれたおかげだ。

 レラはひとしきり苦しむと、その場で息絶える。そしてレラの屍から、一筋の光が抜け出していった。思うにこれは魂だ。男の顔をしている。それも、見覚えのある顔だ。

「あれは……レラお姉さまじゃない。誰か別の人の魂だわっ!」

 シアが一人、驚愕している。そして細い体を、わなわなと震わせ始めた。

「そんなことって……! 私はとっくの昔に、お姉さまに捨てられていたっていうの?!」
「一体、なにがあったんだ?」

 再び体に痺れが出始めた僕は、その場に座り込みながら尋ねる。するとシアは、ハッとした表情で僕に振り返った。そしてタタタと駆け寄って、僕の前にペタンと座り込む。

「ご、ごめんなさい。取り乱したりして」
「いいんだ。でもなんで、そんなに取り乱したの?」

 ゆっくりそう言ってやると、シアも落ち着きを取り戻して冷静に語り始めた。

「レラお姉さまは、このオアシスから出たがっていました。活動の場を広げたいのだと言って。でもお姉さまは、ここで育まれた妖怪。ここから出ることは、できないはずでした。でも、生身の人間と体を交換をすれば出られるんです」

 なるほどな。これでさっき見た魂の、顔についての謎が解けたぞ。

「さっきレラの体から出てった光は、人の魂だよな?」
「あ、はい」

「その魂の顔が、『篠崎ミナト』ってやつの顔に見えた。今僕の村で、村長をやってるはずの」
「そう、ですか。ではお姉さまは、その方と体を交換されたのですね」

 そしてシアには、何も言わずに去っていったわけか。そりゃあ悲しいよな。今まで姉と慕っていたやつが、赤の他人だったわけだもんな。しかも男。

 しばらく沈んでいたシアは、何かを思い出したように顔をあげた。

「そういえば少し前、人間の男性がここに訪れたことがありました。逃げた許婚を、探しにきたのだとか言って」

 そこで目が据わったような、彼女にしては鋭い目つきになる。

「普通獲物は帰すことがないお姉さまなのに、その人間だけは、すぐに帰していましたね。そのときにはすでに、中の魂はすりかわっていたのでしょう」

「じゃあ今あの村にいるのは、レラの魂を持った篠崎の器ってことになるな」
「はい。このままではその村は壊滅します。そしてここと同じような妖術空間が創りだされることでしょう」

 まったく恐ろしい話だ。いつの頃からか、化け物が村を仕切っていたなんて。村を出て正解だったと思いたいけど、残された人たちは悲惨だな。

「雨守さまは、強い精神力を持っています。お姉さまの新たな野望には、あなたの存在が邪魔だったのでしょう」

 村一番の勇者だとか選ばれし者とかいうのも、案外嘘じゃなかったってことか。えらく見込まれたもんだな。

「このオアシスは、じきに枯れます。レラお姉さまは、私たち奴隷を廃棄されたのですから」

 シアはまた、俯いてしまう。でも無理矢理笑顔を作ると、突然僕の手を、両手で包み込んできた。僕の手には、青く光った小石のようなものが乗せられている。

「きれいでしょう。雨守さまにあげる」

 本当にきれいだ。心が洗われる。

「これ、なに?」
「人間の魂」
「――!」

 僕は絶句してしまって、ただ首を横に振ることしかできなかった。

「雨守さまの体は、レラお姉さまを攻撃したことで、少しだけ自由を取り戻せました。でも離れかけている魂は、そのままの状態。それを何とかしなければなりません」

 でも、だからって人の魂なんか……。

「人の魂を食べたら、あなたの魂も落ち着きます。体の痺れが無くなります。例えこの先思い出が無くなっても、この魂があなたの居場所を作ってくれる」

 頑なに首を振る僕に、彼女はついに涙を流した。

 シアはとても綺麗で、儚くて、でもとても強い力を秘めているように見えた。彼女の言葉に、嘘はない。そう思えた。「わかったよ」と呟くと、シアはほっとしたような表情をした。そして僕の口にその唇を合わせてくる。

 口移しで、何者かの魂が入ってきた。その味に、なんだか妙な感覚を覚える。

「これ、もしかしてキミの魂なんじゃ……」

 嫌な予感がした。取り返しのつかないことが起こりそうな、そんな予感が。でも僕は、それ以上何も聞けない。少し寂しそうに、シアは微笑んだ。

「心配しないでください。雨守さまが傍にいてくれるなら、この一晩くらいは大丈夫ですから」
「……」

 僕が黙り込むと、シアは近くの岩に座ってしばらく俯く。でもしばらくすると、静々と僕に近づいてきた。

「雨守さま。思い出話を、させてください」
「うん?」

「私は篠崎村長の許婚だから、頑張って好きになろうとしたんですけど」

 え……今、なんて……?

「でも、なれなかった。私の心の中には、ずっと雨守さまがいたから」

 篠崎の許婚? ずっと僕が、キミの心に? それって……。

「雨守さまはずっと、私を庇ってくれました。ちっちゃい頃からドジで力が無くて、友達がいなかった私を……。いつも一人、勇気付けてくれました」
「!」

 そう、か。僕も、思い出したよ。
 やたら僕が世話してやってた、引っ込み思案なコ。名前をルナといった。可愛い人だったな。目の前の、こんな美女じゃなかったんだけど。

「ずっと、ずっと好きでした……。その記憶を、やっと今思い出せました。今思い出したって、どうしようもないんですけど……」

 すぐ泣いて僕の影に隠れて、僕以外には心を開かなくて。でも篠崎の許婚だったから、ずっと一線を引いてたんだよな。

「雨守さまのこと、レインって呼んでもいいですか?」
「構わないよ」

 僕の声は、震えていた。いつの間にか、泣いていたみたいだ。

「レイン、私を抱いて」

 満月の夜、月明かりのオアシスで、僕は初めてシアを抱いた――。


 次の日の朝、大量の土がそこにはあった。シアが纏っていた服も一緒に。

 シアは、散ったんだ……。魂を譲り受けてしまったせいで。僕は土の中に、手紙が埋もれているのを発見する。

『悲しまないでね。レラ姉さまに捨てられた私は、どっちみち長くは生きられなかったの。私の魂、受け取ってくれてありがとう。私みたいな泥人形を、愛してくれてありがとう。生まれ変われるとしたら、今度は月になりたいな。月だったら、ふとしたときに見上げてくれると思うから』

 涙は不思議と出てこなかった。ただシアの、あのときの言葉だけがリフレインする。

『思い出が無くなっても、この魂があなたの居場所を作ってくれる』――。

 僕は失意の中、石造りの建物に戻っていった。そして今日の分のスープを飲む。信じられないくらい、おいしかった。そして花を摘み、またスープを飲む。次の日も同じ作業をした。そうしてカラッポになった僕は、オアシスの消滅とともに離れることになった。

 誰かへの怒りも、何かを失った悲しみもない。人生の旅が、ここから始まるんだ。そして旅に疲れたら……そうだな。ときには足を止めて、月を見上げるのもいいだろう。


                               ●終わり●

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