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●ローファンタジー●

魔術師よ、私の心に雨を降らせて
【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回】 【第8回】 【第9回】 【第10回】 【第11回・最終話】
【あとがきと人物紹介】

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赤い果実と月夜のオアシス
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【第7回・最終話】 【あとがきと人物紹介】


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魔術師よ、私の心に雨を降らせて【第3回】

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【3】-Tamaki-

 水希お嬢様は、お美しい。まるで夜雨に濡れる、月下美人のようだ。
 お嬢様が、窓辺で物思いに耽っておられる。その表情は優しく、夜闇の横でも明るく映えていた。

 何があったのだ? 父君が亡くなられてからというもの、そんな表情は微塵も見せていなかったというのに。

「今日、とても不思議な人に会ったわ」

 なるほど、男か。そいつは誰だ。いけないことだと思いながらも、私は読心術を使うことにした。

 ――ヴァイオレット。男の名は、そういうらしい。芸を披露するのが好きで、人懐っこく笑う。なるほど、お嬢様が惹かれるのもわかるな。だが、蟲を肩に乗せているのは受け入れ難い。

「彼はね、術が得意なの」

 わかっているとも。なぜだか私はイライラした。

 ……ああ、これだから読心術は嫌いなのだ。お心の先に望まぬ結果があったら、どうしても不機嫌になってしまう。

 それにしてもだ。

 ヴァイオレットという名前を、私は聞いたことがあった。雨を降らせ、電気を発生させ、蟲と通じる。そこまでキーワードが揃えば、知らないでは済まされない。

 彼は私の属する、「火の運び手」の天敵だ。そしてかつての、研究材料でもある。「彼」の体を調べるときは、いつも紫の識別シールを使っていたらしい。研究員は対象を、「ヴァイオレット」と呼んでいたそうだ。

 私はサエグサ・S・環(たまき)。「火の運び手」の末裔。私は種族のコネクションにより、お嬢様の父君に仕えることとなった。

 お嬢様の父君は、かつてのこの村の長である。読心に長ける我が種族を、高く評価していると公言していた。そして我のもとに下れば、種族を永遠に保護するとも。

 だが種族のために働いた日々は、すぐに終わりを告げる。水希お嬢様に、心惹かれてしまったせいだ。私の行動は、次第にお嬢様本位になっていった。

 まず私がやったことは、村民との積極的な交流。お嬢様が村長になられる日を、想定しての行動だ。結果私は誠実と評され、お嬢様を守るに値する人間との評価を得た。

 次にやったことは、村長の暗殺。彼がいれば、お嬢様がトップに立てない。お嬢様から父親を奪う結果にはなったが、それは仕方がないことだ。病気の母親を働かせるのは無理だということで、晴れてお嬢様が村長となった。

 私は水希お嬢様をお守りし、村民に愛され、充実した日々を送った。これから先もそうであると、疑うことなく思っていたのだ。けれども……。

 例の魔術師が、私の地位を脅かし始めていた。彼はその能力で、人々に恵みの雨をもたらすことができる。それを村民に披露すれば、易々と信頼と支持を手に入れることができるだろう。

 それに彼は、すでに水希お嬢様のお心を手に入れてしまっている。
 窓から入ってくる夜風が、お嬢様の長い髪を揺らした。

「今日はとても、心地がいい。今まで生きてきた中で、これほどに満たされた時間は無かった。……環。今は一人にしてくれないかしら。私はもう少し、こうしていたいの」

 酩酊しているような、隙だらけの表情。その男に、抱かれたのか……。こんな表情を、私以外の男を想ってするものではない。お嬢様はこれまで、お世話係の私が「慰めて」きたのだから。

 私は心底、水希お嬢様に惚れている。けれども手に入れることは、決してできないでいたのだ。「慰めて」差し上げることはできても、お嬢様との悦楽に溺れ、愛を確かめ合うことは許されない。そう思ってきた。

 私は人間として大人として、お嬢様を汚すような真似はしたくないと思っていた。その必要がないと思っていた。例え男が現れたとしても、最終的にはお嬢様は、私を選んでくれていたのだから。

 だが、ヴァイオレットに出会った水希お嬢様は、今までと違った。物思いに耽る時間を、私に邪魔されたくないのだという。よほど彼に惹かれたのだろうが、許せなかった。

 お嬢様が愛しい。無くしたくない。手塩にかけて育て上げた、私の天使なのだ。そんな私ですら、一方通行でしかないというのに。一方通行の性的動作が、どれだけ辛く苦しかったことか。

 私自身が相手になりたい。そう強く思った。思春のはけ口、誰かの代わり。そういうものではもう、満足できない。

 私はお嬢様を、一人にして差し上げることにした。そして単身で林に向かう。もちろん、例の魔術師に会うためだ。夜の林。危険極まりない。けれども構わず突き進んだ。

 私は種族の特徴として、人の思念を読み取る力がある。基本的にはリアルタイムで発揮される能力であるが、残留思念であっても読み取ることは可能だ。

 水希お嬢様の思念を辿って行けば、おおよその道はわかった。ただし、野犬その他からの襲撃はどうにもならない。私は死を覚悟で、進んでいく。

 なぜこんな行動に出たのか。あまりにも無謀すぎる――。そう思えたときには、林のど真ん中だった。もう引き返せない。疲れがピークに達するまでは、歩くしかなかった。

 ちょうどこの辺りで、お嬢様の思念が途切れているな。代わりに、男の思念が残っていた。ここで、ヴァイオレットと出会ったのか。奴の棲家は近いようだな。

 それにしても、奴の思念はひどいものだ。水希お嬢様を乱れさせたいだとか、蟲を使って性欲を増進させて、自分のものにしてしまいたいだとか。

 ……くそっ。私のお嬢様は、こんな人間にやられてしまったというのか。腸が煮えくり返る。奴に一言、言ってやらなければ。

 ん? 私は一体、彼に何を言うつもりでここまで来たのだ? 「水希お嬢様を返せ」、か? いや、返せも何も、奴は私の存在など知らなかったのだ。

 私は水希お嬢様の、恋人でも夫でもない。ご自身も奴との行為に、満足している。完全なるやっかみじゃないか。無理矢理やったという証拠がないし、何をどう言ったものか。

 何か、もっともらしい話をしなければいけないな。そうでなければ、私はただの阿呆だ。

 軽くノイローゼになりながらも、私は男の思念を辿っていく。そしてついに、小屋らしい小さな明かりを見つけた。私はその小屋に近づき、まずは様子を見る。けれども物音がしない。

 慎重に木のドアを開けてみると、ギギィと凄まじい音が発生した。木の滑りが良くないらしい。

 その音によるリアクションは、何も無かった。だが中を見回してみると、確かに人影がある。そいつは黒いローブに包まり、暖炉前に座って暖を取っていた。

 別にそんなに寒い時期でもない気がするが……。

 まあ、いい。それより私は、この男と何かを話さなければ。しかしだ。私がドアを開けたのには気づいているはず。なぜこいつは動かないのか。しばし反応を待つことにした。

 そして奴は、やっとのことでフードを剥き、こちらに顔だけ向けてきた。

「……最近の教育係は、夜の林を一人で歩くんだねぇ。……無謀。あまりに無謀だよ。残業もほどほどにしとかないと」

 まるで寒さにやられた、やる気のないシャム猫だ。こいつがヴァイオレットか。

 しかし。しかしだ。しつこいかもしれないが、今の時期はそんなに寒くない。こいつの皮膚は一体、どうなっているのだろう。

 そのときだ。こいつのフードと髪の毛が、突然同時に盛り上がった。そして中から、気味の悪い生き物が姿を現す。例えるならば、手乗りサイズのアメフラシだ。

 こ、これが蟲か。ああそういえば、探った思念の中にこんなのもいたな。実際見ると、かなりグロい……。

「環どの、だよね? 水希さま関連で、何か話でも?」
「っ、その通り」

 しまった。もっともらしい話の内容を、考えていなかった。
 お、落ち着け。……まあとりあえずはだ、腹でも探ってみよう。冷静に。冷静にな。

「君は……水希お嬢様を抱いたんでしょう。でもあのお方は、きちんと帰って来られました。意外ですよ」

 ヴァイオレットは目を細くした。そして片手の指を、扇のように広げて口元を隠す。

「ふふっ」

 雅なんだか下品なんだか、よくわからない仕草だ。腹の立つワンクッションの置き方だな。

「水希さまは必ず、僕のもとに帰ってくるから。ここは寒いし、今日のとこは帰してあげたんだよ」

「一体お嬢様に、何をしたのだ。『蟲を使う』というのは、一体どういうことだ?」

「教えないよ。だってあなたは、ライバルだからね。皮肉なことに、天敵でもあるようだし」

 口は笑っているが、目が鋭くなっている。私が「炎の運び手」だということを察知したらしい。まあ言葉で説明せずとも、似たもの同士はわかるか。

 だが何を思ったのか、ヴァイオレットは表情をころっと変える。今度は好奇心溢れた子供のような、無駄に丸い目をした。何を企んでいるのやら。

「ねえ。この林からさ、僕を出してくれない? バリアがあるみたいで、出られないんだよ。水希さまも知らないって言うし。あなたは何か知ってるんだろう? 知ってるよね。知ってるって顔してる」

 頼むから、これ以上寄ってくれるな。せめてそのグロい蟲を、どこかに投げ捨ててくれないか。
 そして奴は、勝手に何かを閃いて、ポンと手を叩く。

「……あ、そうだ。記念にあなたの似顔絵を描いてあげるよ」

 奴は近くにあったペンを取り、メモ帳を破って描き始めた。やれやれだ。もう勝手にしてくれ。私はその辺に、適当に腰をかけた。そしてしばらくして、ヴァイオレットがパチンとペンを鳴らす。

「よし、描けた」

 描きあがったものを見てみると、それは私の似顔絵でも何でもない。水希お嬢様の、「感じて」いらっしゃるお顔のラフ画だ。

「これ、あげるからさ。お願い! ここから出して!」

 完璧に喧嘩を売っているな。このくそ生意気に、何とか報復ができないだろうか。この野郎を、実社会に放り出してコキ使ってやりたい。

 あ。いいことを思いついたぞ。

「まあ……いいでしょう」
「え。本当に? おー。こんなにすんなりいくなんて。もしかして、春画マニア?」

「違います。利害の一致です」
「何か一致するような利って、あったっけ」

「今日通り雨が降りましたね。林の中だけ。あれは君の仕業でしょう」
「うん」

「村全体に長時間、雨を降らせられますか? 村は今、水不足。君の助けが必要です」
「う〜ん。一週間くらい待ってくれればできるかな」

「結構です。この林から、出してあげますよ。しばらくは、邸宅の隅にでも置いてあげましょう。ただし、仕事は人知れずやってください。雨を降らせている姿を、村民の目には入れないように」

「OK。じゃ、早速行こう」

 すんなり話が進んだものだな。まあこれで、この男をイビリ倒すことができる。ふと見ると、こいつはなぜか、絵画5枚だけを抱えていた。

 しかし私はなぜ、ヴァイオレットを責めないのだろう。そんなことを考えながら、私たちは林の入り口に到達した。

 もう朝になろうとしている。見るとヴァイオレットは、冷や汗をかいて立ち尽くしていた。そこが境界線近くなのらしい。

「出られますよ」

 私はそう言ってやるが、要領を得ないようだ。顔が間抜けのまま変わらない。

「私と一緒であれば、出られます」

 そう説明して歩き出すと、ヴァイオレットも並んで歩いてきた。そして私たちは、やっとのことで林を抜けたのである。

 脱出のトリックは、催眠術だ。奴は研究室にいた頃に、暗示をかけられていたのである。エセエフティの林に入ると、原則出られない。ただし、「火の運び手」と同行していれば出られると。

 祖父の言い伝えが、本当に役に立つ日が来るとは……。人生はわからないものだな。   


                                ●続く●

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