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●ローファンタジー●

魔術師よ、私の心に雨を降らせて
【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回】 【第8回】 【第9回】 【第10回】 【第11回・最終話】
【あとがきと人物紹介】

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【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】 【第5回】 【第6回】
【第7回・最終話】 【あとがきと人物紹介】


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魔術師よ、私の心に雨を降らせて【第8回】

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3・最初に水あり

【1】-Mizuki-

 村民が怒りに満ちている。それはたぶん、ヴィオラと決別したから。彼を泣かせて以来、なぜだか雨が降らなくなった。村民たちが、今すぐヴィオラに交渉するように言ってきている。

「村長を交代させようとする動きがある。なんとかしなければ」

 環(たまき)が珍しく、イラついている。ヴィオラとどう接するか、頭を悩ませているみたい。ヴィオラは雨を操るだけじゃない。電撃を発生させることもできるし、蟲だって動かせる。その気になれば、村一つくらい滅ぼすことができるかもしれない。だから、できれば閉じ込めて置くのがいい。いいのだけど……。

「心配には及ばん、水希嬢よ。雨はちゃんと降る。数日後には降ると、水晶に出ている」

 専属の占い師が、不安顔の私にそう告げた。嬉しいお告げに、私は表情を緩める。

「では、このまま待っていればいいのですね?」
「いや、このままではだめだ。ヴァイオレットをそそのかす必要がある」

 そそのかすという言葉を聞いて、背筋が凍ってしまった。だめよ、こんなことくらいでビクビクしてちゃ。私は村を預かる長なんだから。強く、ならなくては。

「……どのように、そそのかすのですか?」
「雨を降らせよ、さもなくば殺す――でよいでしょう」
「それは、脅迫よ! そんなこと……」

「あんたは村民らの命とヴァイオレットの心、どちらが大切だと考える? 比べるまでもあるまい? 例え友人の心を傷つけても、あんたは民を守らなければならない。村民らが死ねば、あんたの大切な環どのだって、生きてはゆけぬのだからな」

 その言葉に、決心が着いた。私はあの人を脅迫する。それが成功すれば、村人たちが救える。環と築き上げてきた世界だって、維持できるのだから。

 そして早速、林に向かう。環にも、ついてきて貰った。環に守られながら、山道を歩いていく。蟲は、私にだけは襲ってこなかった。

 蟲はまだ、私を攻撃対象にしていないのね。ヴィオラの言いつけを守って。私は立ち止まって、蟲たちに語りかける。

「私、水希は、おまえたちのマスターと決別したの。だからもう、襲ってもいいのよ」

 環が、彼らしくなく強引な手付きで、私を引っ張っていく。

「滅多なことは言うものではありません! お守りする、こちらの身にもなってくださいよ。まったく」
「ご、ごめんなさい」

 声が怒っているわ。今までは愚かなことを言っても、穏やかにたしなめられていただけだった。彼の反応が荒々しいのは、心を……読まれてしまったから? ヴィオラと仲直りできたらいいのにと、思ってしまったから?

 彼に心を読む能力があると知っても、嫌だと思ったことは無かった。生まれつきの能力なのですもの。神から授かった能力を、否定する気持ちはまったくなかったの。それに私は、ずっと環のことが好きだった。彼の意に反する心を持ったことが無かったし、一心同体だとすら思っていた。

 でも最近は、色々と違ってしまったかもしれない。少し……少しだけれど、心を読まれたくない気持ちが芽生えた。環と私は、別々の人間だと思うようになった。私の醜い心を見て、環はイライラしているのかもしれない。

「環」
「なんですか」

 振り向きもせずに、硬くて冷たい声が返ってきた。でも彼はすぐに振り向いて、笑顔を作りながら言い直す。

「あ……すみません。なんでしょう?」
「ヴィオラは、協力してくれるかしら」
「協力させるしかありません。脅しに屈しなければ、力づくで降伏させます」

 降伏という言葉に、私はまた怖気ついてしまった。

「力づくで、降伏……?」
「そうです。武力行使です」

 武力行使……。では衝突が続けば、どちらも無事ではいられなくなるのね。ヴィオラは、死んだりしないかしら。環は、無事に帰れるかしら。そう思うと、手が冷たくなってきた。頬に触れると、頬まで冷たい。

 すると環が、優しく私に笑いかけてきた。そして大きくて暖かい手で、私の冷たい手を包んでくれた。

「お気の回しすぎです。ヴァイオレットは死にません。もちろん私も。ですが、多少の怪我は覚悟してください」

 私の心の声に、彼は答えた。
 環――。

 私たちは、しばらく無言で歩いた。やっとのことで、あの小屋の周辺に辿りつく。そして私は、すぐにヴィオラを発見した。私たちの足音に、彼は弾かれたように顔を上げる。

「水希さま?!」

 私の顔を確認すると、ヴィオラは泣きそうな笑顔になった。

「やっぱり、水希さまだ。ずっと、待ってたんだ。……寂しかった。ずっと、寒くて」

 彼は立ち上がり、こちらに向かってこようとする。環のことは、目に入っていないみたい。

「近寄らないで!」

 ヴィオラの顔が凍てつく。そして彼は、一つ大きく息を吐いた。怖気ついてはだめ。凛として、長としての仕事をやり遂げなければ。

「ヴァイオレット。今すぐ雨を降らせなさい。さもなくば、民をそそのかした罪で処刑します」

 言ってる声が、震えてるのがわかった。だめよ。動揺を見抜かれては、脅迫が成り立たない。

「……」

 なぜ、何も言わないの。何か言って。恨み言でも弱音でも、なんだっていいから。一体何を、考えているの? ねえ早く。私の気力も、そんなに長くは続かないのだから。

「条件がある」
「……聞くわ。言いなさい」
「黙ってキミに、近寄らせて」

 環が首を横に振っている。でもこれは、私が作り出した問題。だから自分で決断する。私は受け入れることに決めた。

「いいわ」

 キスをする気だ。私にはわかった。けれども、私はそれを避けられなかった。避けることはできたけれど、避けなかったの。

 軽い。本当に軽いキス。唇が軽く触れた程度の。
 それでも……。

「……ぅ……っ」

 嬌声が、出そうになった。唇を奪われた――ただそれだけのことなのに。
 想像を絶するほどの快感。この切なさ、やるせなさ。全身が打ち震える。

 ――体が熱い。体が、心が、悲鳴を上げている。彼が欲しい。私を穢して欲しい。擦って、こねくり回して、出したり入れたりしてほしい。激しいキスを、してほしい。

「……っ」

 どうしてなの? 毒も蟲も、もう抜けたはず。なのにこんなにも、彼を求めてるなんて。私は本当に、どうしてしまったのかしら。

「取引は、成立したね」
「え」

 彼は体を引く。私は、がっかりした。残念だと思った。
 何にがっかりしたのか? それはわかりきっているわ。私は何も起こらなかったことに対して、がっかりしてるの。

「水希、僕は本当にキミのこと、好きだったんだ」

 彼の言葉が、心の傷に染みていく。痛い。でもこんな弱さは、絶対に見せるわけにはいかない。だって彼とは、決別したのだから。

「ヴァイオレット。呼び捨てなんて……馴れ馴れしいわ」
「馴れ馴れしい、ね。そして『ヴァイオレット』か。徹底してるなあ」

 彼は苦笑いした。そして言う。

「許してよ。せめて僕が死ぬ時くらい」
「え……。死ぬとは、どういうこと?」

「雨を作るときにはね、僕の水分を使用するんだ。でも僕は、あのときから毎晩泣き続けてる。井戸が枯れてて飲み水が無いから、体の渇きが潤せないでいるんだ。もはや普通の方法では、雨は作れない。三日三晩命を削れば、なんとか可能だけど」

 彼は、私が傷つけたことで泣き続け、そのせいで命を削らなければならなくなった……。

「そ、それはつまり……」
「協力してもしなくても、僕に待っているのは死の結末。ってことだね」

 絶句した。何と言えばいいのかわからない。私は彼に、「死ね」と言ってしまったんだわ。私は無意識に、後退りした。環がそれを、支えてくれる。そしてヴィオラは、伏目になった。

「いい人と出会えても、必ず僕より先に死んでしまう。僕はずっと、孤独のままなのかなって思ってきた。だから僕は、生きるのが怖かった。でも、死ぬのも同じくらい怖くて」

 そこで彼は、顔を上げる。

「僕は今、必要とされている。その結果死ぬとしても、そんなに怖くないんじゃないかと思ったんだ。誰かと関わりを持ちながら死ねる。そんなに幸せなことは無い。雨は必ず降らせてみせるよ」

「まって……! 私死ぬなんてこと、しらな……」

 言葉が続かない私に、ヴィオラは目を細めて柔らかく笑った。そして今度は、環に振り向く。

「環どの、今は火の時代だ。あなた方の先祖は、水から巣立ち火と共に生きることを選んだ。人の心を知る者こそが、人の世での王者。僕は、水は、時代遅れだ。何も変わらない。変われない。……環どの、あなたの勝ちだ」

 そして彼は、「さよなら」と私に背を向けた。

「いやよ、ヴィオラ!」

 彼は立ち止まった。振り向かなかったけれど、構わない。伝えなきゃ。

「私、知らなかったの。だから、もういい。今の、聞かなかったことにして!」

 彼は、少しだけ振り向いて微笑む。

「水希さま。ヴィオラって呼んでくれて、ありがと」

 そして彼は、小屋とは違うどこかに走っていってしまった。私の力が抜けていく。その場にへたり込んでしまった。立ち上がれない。

「お嬢様?! お嬢様!」

 涙が止まらない。
 私は涙をいっぱいこぼしながら、心配そうにしている環を見上げた。

「環。……ヴィオラは、死なないのでしょう?」

「その通りですとも。死なせません。お嬢様は小屋の中で待っていてください。……あなたの気持ちは、痛いほどわかりましたから」

 連れられるままに、小屋に入る。そして環は、ヴィオラを追って走っていった。


                               ●続く●

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